続・世の中にこんな美味いものが

続・世の中にこんな美味いものが
 
 今日(7月15日)は休むと書いたが、一晩寝ると眠気もなくなっていた。昨日の話には必ず続きを書かなければと思っていたので、覚えている間(今日ね)に済ませておきたい。本ブログの最初に「救いようのない独断と偏見と読まれるかもしれないが、ごく一部でも面白いと思って頂ければ幸いです。」に該当するだろうページです。

 さてさて、そんなに美味いと感激する食べ物が口に入るようになればどうなる?記憶に残る食べ物だけでなく、ンッこれは旨いと味わえるものが周りに増えてもきた時代だ。当然ふとる。それでも身体はもっと食えと云っている。

 どうして判るかって?その頃僕は独身で、朝は簡単に自分で準備していたが、その他は外食だった。その外食の量が、以前に比べて少なく感じるようになった。馴染みの店二・三軒で「物価も高くなったし量を少し減した?」と尋ねたが、そのようなことはないと。疑惑の眼で減してる、減してると見てもハッキリしない。だから結論は前に満足した量を少なく感じてると思った。

 ヒトの身体は恒常性維持をしたいものだ。それであれば、太りすぎる前に食欲が減ってきても良いはずだが違う。そこで人類の歴史を考えると幾たびも豊作・飢饉を味わっている。ある意味、食べられる時にうんと食べ、食べられない時は少ししか食べないで食べ物を大事にしたほうが合目的性が高い。

 中太りの方には確かにその現象があります。多めに食べられる状態が続くと血液中のインスリンが増加して、食事前などに低血糖気味になり易いのだ。空腹感が強くなりより食べたくなってしまうのです。欲求通り食べてしまうと(膵臓が疲れてインスリンを出せなくなり)糖尿病になるリスクが非常に高い状態です。食欲不振症は何かのきっかけで自分が食べるものを減して、いつしか体重が減っても食べられなくなってしまっています。この場合は僕は十分説明できません。インスリン以外のホルモンは血糖をあげようとするものですが(結果としての省エネ的適応状態と理解していますが)殆ど全てのホルモンが低濃度になっています。

 不勉強で充分ご理解頂けないと思います。いきなり欲望の資本主義に騙されないでと書いても説得力ないですね、今日は止めて、また何時の日にか。
m(._.)m

P.S.
 まだ容易に写真をアップできません。今朝のアップの時、やっとファイルマネージャーがあることに気付きました(視力がでないことがこんなに不便とは・・・)。うまく行くかな?
           
P7230901.jpg

第十番札所 切幡寺

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